2015年3月14日土曜日

「原発依存を推進する文化を持つ国、ニッポン」― The New York Timesより。

ちょっと古いですが、2011年3月30日のニューヨークタイムズの記事は、”In Japan, a Culture That Promotes Nuclear Dependency”(原発依存を推進する文化を持つ国、ニッポン)。


気になったところの抜粋(要約している箇所あります)。

  • 40年前原子力発電所の建設に大反対した鹿島は、20年後、原発推進の町に変貌する。鹿島のような話は日本ではいたって普通のストーリーだ。

  •  反原発を掲げて2回の落選を経験した町会議員はこう話す―「あまりにも簡単にお金が手に入るため以前のように働く必要がなくなってしまう。」

  • 原子力発電所をいったん受け入れてしまうと、そのあとに起こるのは発電所の拡大である。なぜなら建設に伴って政府から与えられる補助金は稼働を境に次第に減っていくよう設計されているからだ。 

  • 補助金の減少と予算運営の甘さから2007年に破産寸前の財政危機に陥った双葉の決断は将来的に原子炉を8号機にまで増やすことだった。そしてその決断がされるやいなや双葉は新たな補助金を受けることになる。

  • 「原発を受け入れたことに後悔はない。この小さな田舎町が原発なしにこれからどうやって生き残っていくんだ。 」

この記事では、原子力発電所への依存は薬物依存に似ているところがあると述べています。一回、受け入れてしまうとそれなしには暮らせなくなってしまうから。

原発受け入れを決めた住民を非難するのではなく、地震大国の日本で―しかも東日本大震災後も―原発がなぜ推進されるのか、なぜ市民の反対の声が広がらないのか、原発依存の体制が権力によっていかに巧みに作られていくのかを、構造的な観点から複数の事例を交え紹介している記事です。

もっとたくさんのことが書いてあるのでぜひ読んでみて下さい。